【分析】中国で開催された第4回ナノセルロース材料国際シンポジウム

シンポジウムの概要

The International Symposium on Nanocellulosic Materials(ナノセルロース材料国際シンポジウム)は中国造紙学会の主催で2017年から隔年開催されているシンポジウムです。中国におけるナノセルロース関連の唯一かつ最大の学術会議で、中国でナノセルロースの研究・開発・製造などに携わっている人の大半が参加します。また海外の大学でナノセルロースの研究をしている人(主に中国人)による講演もあり、中国や世界におけるナノセルロースの研究開発動向を知るよい機会となっています。

1回目は2017年に杭州で、2回目は2019年に天津で、3回目は2021年に広州でそれぞれ開催されましたが、4回目となる今回は、北京林業大学、斉魯工業大学(山東省)などがホストとなり、北京林業大学に近い北京西郊賓館(Xijiao Hotel)で4月21日(金)~23日(日)の3日間、開催されました。ただし1日目は16:00から18:00に北京林業大学の博物館の見学が行われただけなので、実質は2日間です。参加者数はこれまでと同様、約300人とのことでした。会議での使用言語は英語です。

講演・発表の概要

講演・発表の件数は次の通りです。
・招待講演(Plenary Speach) 11件
・口頭発表(Invited Talk + Oral Presentation) 84件
・ポスター発表 55件

組織別の集計

招待講演を除くと、大半が中国国内の大学からの発表で、主に教員・研究員クラスが口頭発表、大学院生クラスがポスター発表という割り振りになっています。
プログラムに基づいて、口頭発表とポスター発表の発表者の所属組織を集計した結果は次の通りです。東北林業大学、南京林業大学、華南理工大学、天津科技大学は以前からナノセルロースの研究が盛んですが、今回は福建農林大学からの発表が増加した点が注目されます。なお次回(2025年)のシンポジウムは、福建農林大学がホストとなり、福建省福州市で開催されることが決まっています。

発表者の所属組織  口頭発表件数 ポスター発表件数
東北林業大学 10 0
南京林業大学 7 4
華南理工大学 6 3
北京理工大学 4 4
天津科技大学 4 1
福建農林大学 3 4
斉魯工業大学 3 1
中国科学院理化技術研究所、武漢大学 3 0
浙江大学 2 5
北京林業大学、中国森林科学研究院林産化学工業研究所 2 3
陜西科技大学 2 2
同済大学 2 1
青島大学、西安理工大学、湖北工業大学、吉林大学 2 0
中国国立紙パルプ研究所、大連工業大学 1 4
江南大学 1 1
清華大学、湖南大学、中国海洋大学、西北師範大学、広西大学、浙江理工大学、華中科技大学、西南大学、南京信息工程大学、江漢大学、浙江農林大学、長安大学、国科大杭州高等研究院、中国科学院青島バイオエネルギーバイオプロセス技術研究所、中国科学院化学研究所、国家竹藤網絡センター、中国森林科学院 1 0
華南農業大学 0 4
昆明科技大学 0 2
燕山大学、西南林業大学、福州大学、復旦大学、河南大学、西安工業大学、国家ナノ科学センター、黄准学院、准阳師範学院 0 1
海外の大学、企業、その他 3 1
合計 84 55

内容別の集計

こちらは主に発表題目から推定であり、また内容が複数の分野にまたがっている場合もあるので、正確な結果とは言えませんが、発表内容の傾向を把握することはできます。

まず発表のおよそ3/4がナノセルロースの利用に関するもので、その中でも、センサー、バッテリー、キャパシタなどのエレクトロニクス分野での利用、コンポジットなどの複合材料としての利用、コーティングを含めた紙・包装材料としての利用の研究が多くなっています。以前件数が多かったバイオメディカル分野での利用については、発表件数が減少しています。いずれにしても、中国ではナノセルロースの利用に関して、さまざまな研究が行われています。

一方、ナノセルロースの原料・製造に関する研究にも、明確な意図が感じられます。すなわち、6年前に多かった、ナノセルロースを作ってみました的な研究ではなく、すでに実用化している製造プロセスの省エネルギー化・低コスト化を目的とした研究や、中国国内にある未利用バイオマス資源(農業残渣、竹など)を有効に活用するための研究など、実用化を念頭に置いたものがほとんどです。今回は、中国が掲げる温室効果ガス削減目標※を達成するためのプロセス研究などもありました。

内容別の集計結果は次の通りです。なおポスター発表の総件数が45となっているのは、ポスターを掲示していなかったものが10件あるためです。

※温室効果ガスの排出量は2030年をピークにしてそれ以降は減らし、2060年には実質ゼロにする

研究テーマ  口頭発表件数 ポスター発表件数
原料・製造 13 8
物性・測定法 10 2
利用 紙・包装材料 10 8
エレクトロニクス(センサー、バッテリー、キャパシタ) 19 8
複合材料 12 7
ゲル材料 4 6
バイオメディカル 3 1
3D印刷 3 1
その他 5 11
84 45

海外からの講演・発表

ほとんどが海外の大学や研究機関で活躍している中国人研究者による講演で、中国人以外の講演は①と②だけです。多くの大学院生やポスドクが、こられの中国人研究者を頼って留学しており、中国に帰国した後は、大学で教職に就くことが多いようです。このシンポジウムは、中国人学生が人的ネットワークを広げる場としても、利用されています。

① Prof. Lars Berglund(KTH、スウェーデン)、基調講演、ウェブ
② Prof. Thomas Rosenau(BOKU、オーストリア)、基調講演、ウェブ
③ Prof. Yonghao Ni(メイン大学、米国)、基調講演、ウェブ
④ Dr. Junyong Zhu(Forest Products Laboratory、米国)、基調講演
⑤ Prof. Kai Zhang(ゲッチンゲン大学、ドイツ)、基調講演
⑥ Prof. Huining Xioa(ニューブランズウィック大学、カナダ)、基調講演
⑦ Dr. Xuejin Zou(FPImmovations、カナダ)、基調講演
⑧ Prof. Feng Jiang(ブリティッシュコロンビア大学、カナダ)、口頭発表
⑨ Prof. Jinguang Hu(カルガリー大学、カナダ)、口頭発表

入手した情報

企業の動向について

大会関係者によると、このシンポジウムには多くの企業が情報収集や交流のために参加しているようですが、具体的な企業名や参加人数はわかりません。参加が確認できた企業は次のとおりです。

天津市木精灵生物科技有限公司(天津市)

ホモジナイザーで製造したCNF、TEMPO酸化CNF、両親媒性CNF、メチル化TEMPO酸化CNF、セルロースフィラメント(CF)、表面修飾したCNF、硫酸分解法で製造したCNC、TEMPO酸化CNC、CNFハイドロゲルなど、さまざまな種類のナノセルロースを製造・販売している企業です。会場にブースを設置し、サンプルを展示していました。4年前と比べると、扱っているナノセルロースの種類は増えています。大学と研究機関が主な販売先と思われます。

浙江金加浩绿色纳米材料股份有限公司(浙江省龍遊経済開発区)

機械解繊で製造するCNF(平均径が100nmを超えるものも含む)、CNC、TEMPO酸化CNFなどを製造・販売している企業です。こちらも会場にブースを設置し、サンプルを展示していたほか、価格表なども配布していました。こちらも主な販売先は大学と研究機関と思われます。

済南圣泉集团股份有限公司(山東省済南市)

セルロース繊維のほかに、機械解繊でCNFやCFを製造している企業です。セルロース繊維は、主に紙パルプ産業向けに販売していますが、CNFやCFの大口販売先を開拓しようとしています。

Taian Ruitai Cellulose Co.,Ltd. (山東省泰安市)

化学品原料としてセルロースを製造・販売している企業です。ナノ化したセルロースを、油田・ガス田の掘削用溶剤として使うための研究を行っており、物性を調べた結果を口頭発表していました。まだ研究段階で、実用化はされていません。


中国では複数の種類のナノセルロースを、簡単に購入することができます。ここに記載した企業以外に、ナノセルロースを販売している企業は複数ありますが、どこで、何を原料にして、どのような方法で製造しているのかは不明です。

一方、実用化について中国の複数の研究者に聞いたところでは、中国で全国規模で実用化されたナノセルロースを使った製品はなさそうです。

これ以外には、ブラジルの紙パルプ大手企業のSuzanoが、上海にアジア初の研究開発拠点を2023年上半期に開設する予定で、中国の大学などと連携して、ナノセルロースの用途開発を進めるとのことです。

研究開発の動向について

内容別集計のところでも触れたように、中国ではナノセルロースの用途開発が盛んに行われています。日本との違いを中心に、研究開発の中身について説明します。

中国は大学が主体、日本は企業が主体

中国の大学や研究機関で行われるナノセルロースの研究開発には、競争的資金(公的資金)を使って行われるものと、企業が拠出した研究資金によって行われるものがありますが、現時点では前者の方が多いようです。学術的成果を重んじる大学は、オリジナリティーがあり、社会的にインパクトの大きいテーマを選ぶので、中国ではエレクトロニクス分野やバイオメディカル分野などの先進的な研究開発が多く行われています。
一方、利益を重視する中国の企業は、実用化の見通しが不明確なものには、一切投資をしません。企業が資金を出して、大学や研究機関で行われている開発は、どれも実用化一歩手前のもので、研究成果はプロセスの生産性向上や新製品開発に用いられています。

これに対して日本で行われているナノセルロースの用途開発のほとんどは、企業が公的資金を使って行っています。セルロースナノファイバーを使った軽量・高強度複合材料を自動車・家電製品等に使用することで、温室効果ガス排出量を削減するという実用化の方向性が、日本政府からアナウンスされているため、これに沿った用途開発が進められています。

ナノセルロースへのこだわりはない

日本では、セルースナノファイバーを製造しそれを利用することが注目が集まっていますが、中国ではナノ物質かどうかや、セルロース材料であるかどうかにも全くこだわっておらず、目的にかなっておれば何でもよいという考え方です。

また木質原料には、セルロース、ヘミセルロース、リグニンがほぼ1/3ずつ含まれているので、これらすべてを効率よく利用する研究が多くありました。例えば、ナノセルロース(セルロース)を紙にコーティングする際には、リグニンも利用するとか、ヘミセルロースが付着したリグノセルロースナノファイバーや、ヘミセルロースが付着したホロセルロースナノファイバーの用途開発も行われています。

ナノセルロースの製造はバイオマスリファイナリーの一部

中国ではナノセルロースの製造技術の開発も行われていますが、日本とは全く異なる内容です。まず原料は、稲わら、麦わらなどの未利用農業残渣、竹などの未利用資源、バイオエタノールの原料となるバイオマスなど、国内資源が対象となっています。バクテリアナノセルロースは海南省で大規模生産されています。輸入パルプを原料にすることは、まず考えられません。そして製造されるナノセルロースは、バイオマスリファイナリーにおける出口の一つに過ぎず、限られた原料から高く売れるものをいかに低コストで製造するかに注力しています。

一方日本では、化学修飾された特異的な性状を持つセルロースナノファイバーを単独で製造する研究がほとんどで、原料の種類やそのコストについて触れられることはほとんどありません。また製造技術の開発が完了してから、用途を探し始めるケースが多いようですが、相対的に価格が高いため、用途が限られているというのが現状です。


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