国内で触れるセルロースナノファイバー(CNF)に関する情報は、メリットばかりが強調されていると思いませんか。それは、CNF を普及させたい人が、情報を発信しているからです。CNF にもデメリットはたくさんあります。中立的な立場から、CNF のデメリットと、それを回避するために海外では何が行われているのか、解説します。
セルロースナノファイバーは値段が高い!
セルロースナノファイバーの一番のデメリットといえば、値段が高いことでしょう。
日本では 30 社近くがセルロースナノファイバー(CNF)を製造・販売していますが、価格を公表している会社はほとんどありません。筆者が複数のユーザー企業から聞いた話を総合すると、化学修飾も加工もしていないセルロースナノファイバーで、乾燥重量 1 kg あたり、5,000 円から 30,000 円をメーカーから提示されるようです。
価格に幅があるのは、セルロースナノファイバーにさまざまな種類があるのに加え、同じ種類でも、製造方法が異なる場合があるからです。
例えば TEMPO 酸化セルロースナノファイバーは、繊維径が 3~4 nmで揃っていますが、製造する際に TEMPO という高価な薬品を使うため、どうしても値段が高くなります。
一方で製紙原料のパルプを、機械を使って物理的に細かくしたセルロースナノファイバーもあり、比較的安い値段を提示されます。しかし製造機械にも、ホモジナイザー、エクストルーダー、リファイナーなどさまざまな種類があり、性状の異なるセルロースナノファイバーが得られます。
ちなみに、たくさんある繊維の半分以上の径が 100 nm 以下なら、セルロースナノファイバーと名乗れます(この条件すら怪しい製品もあるようです)。このタイプのセルロースナノファイバーは、一番値段が安いですが、繊維径の分布が大きかったり(=細いものから太いものまで混じっている)、結晶化度が低いものなど、利用するうえでその性状が問題になることもあるようです。
ところで、セルロースナノファイバーの本命の用途として国が考えているのは、自動車部品として使われるプラスチックの補強と、それに伴う車体の軽量化です。自動車は日本の基幹産業で、またプラスチックの使用量は莫大なので、数% 混ぜるだけでもニーズはかなりある、とそろばんをはじいていました。ところが、ふたを開けてみると、セルロースナノファイバーで補強したプラスチックを使った自動車部品は、ほとんど普及していません。理由は明らかで、価格に見合う性能が得られなかったからです。
そもそも、1 kg あたり 200~300 円の汎用プラスチックに混ぜる材料が、1 kg あたり 5,000~30,000 円では、どうしようもありません。これはターゲットとする市場を見誤っていたということになります。
日本では、税金を使ってセルロースナノファイバーを汎用プラスチックに混ぜるという研究が盛んに行われていますが、このようなことをしているのは、日本だけです。海外では、値段の高いセルロースナノファイバーを使ってもペイする分野をターゲットにした研究開発が行われています。
話がそれましたが、現状ではセルースナノファイバーの価格が高いことは事実です。これは製造メーカーがぼったくっているわけではなく、製造コストがそれくらいかかってしまうので、仕方がありません。今後は、価格の高いセルロースナノファイバーを使っても、採算が取れるような用途に向けた研究開発を行うことにならざるを得ないと思います。
またセルロースナノファイバーよりも価格が安いセルロースナノクリスタル(CNC)やセルロースフィラメント(CF)が、海外と同じように容易に手に入る状況になれば、ナノセルロース全体の利用が広がる可能性はあります。
製造するために多くのエネルギーが必要
日本で流通するセルロースナノファイバーの原料は木材です。セルロースナノファイバーを作るためには、まず最初に、機械を使って木材をチップにします。つぎにチップと薬液を高温高圧の釜の中に入れて煮て、木材に含まれる成分のうち、ヘミセルロースとリグニンを液体に溶かし出します。そして残った固形分を薬品を使って漂白すると、パルプができ上ります。
パルプはセルロース繊維の束で、この繊維をさらに細かくしたものが、セルロースナノファイバーです。
木材からパルプを作るまでに、かなりの量のエネルギーと薬品が使われますが、パルプからセルロースナノファイバーを作るためにも、さらにエネルギー(プロセスによっては薬品も)が使われます。
考えてみてください。地球の引力に逆らって立っている樹木から、その成分であるセルロース繊維を取り出し、させにそれを細かくバラバラにしたのが、セルロースナノファイバーです。作るために、多くのエネルギーが必要であることは、当然のことです。
セルロースナノファイバーの利用が、温室効果ガスの削減に貢献するという話があります。木材は二酸化炭素と水から光合成によって作られた再生可能資源なので、木材を利用すること自体はよいと思います。しかし、木材から多大なエネルギーを使って作られたセルロースナノファイバーが、温室効果ガスの削減にどこまで貢献できるのか疑問です。仮にセルロースナノファイバーの利用が温室効果ガスの削減につながるとしても、温室効果ガスを費用対効果で効率よく削減する方法は、他にもあるのではないでしょうか。
環境に対する意識の高い海外でも、再生可能資源であるセルロースナノファイバーを使う動きがありますが、環境負荷を少なくするために、バクテリアセルロース(BNC)を使うケースが見られます。
バクテリアナノセルロースは、酢酸菌を使った発酵で作られ、バクテリアナノセルロースそのものが純度の高いナノセルロースの繊維なので、分離や解繊の必要がありません。製造コストは木材バルブ由来のセルロースナノファイバーに比べると高いですが、製造に要するエネルギーは、かなり少なくなります。
セルロースナノファイバーは性状が不明!?
セルロースナノファイバーというと、どのメーカーの製品も大差ないと思っている方が多いと思いますが、全く別物と考えたほうがよいです。メーカーによって、原料も製造方法も異なります。
セルロースナノファイバーの性状を決める主な項目としては、繊維径とその分布、繊維長とその分布、セルロースの結晶化度、セルロースの純度などがあります。この数値によって、セルロースナノファイバーの性状も大きく違ってきます。しかしこのすべての項目を公表しているメーカーは数えるほどしかありません。
また同じメーカーでも、性状が異なる製品を複数出している場合があります。また、これはあまり言いたくないのですが、メーカーによっては、ロットによって性状にばらつきがあるという話もあります
このような状態で、セルロースナノファイバーを工業原料として広く普及させることは困難だと思います。
A 社のセルロースナノファイバーを使った結果と、B 社のセルロースナノファイバーを使った結果が異なるが、その理由はよくわからない、というのはよく聞く話です。こんな状態では、用途開発はできません。
海外では、セルロースナノファイバーを製造・販売しているメーカー自体が少なく、メーカーによる性状の違いは問題になっていません。また、ナノセルロースの一種であるセルロースナノクリスタル(CNC)は、原料や製造方法による性状の違いが比較的少ないため、こちらも問題になっていないようです。
セルロースナノファイバーの特性が怪しい!?
セルロースナノファイバーの特性といえば、「鋼鉄の 5 倍の強度で 1/5 の軽さ」というのをよく聞きますが、実はこの特性、ある特定の条件の下での話なんです。
鋼鉄の 5 倍の強度と聞くと、ふつう、何かにセルロースナノファイバーを混ぜると強度が上がるように思われるかもしれませんが、話はそんなに単純ではありません。鋼鉄の 5 倍の強度といっているのは、セルロースナノファイバーの中で最も繊維径が細く、また最も値段が高い TEMPO 酸化セルロースナノファイバーについての話です。この繊維の両端をつまんで引っ張ったとき、千切れるときの引張強度が鋼鉄のそれの 5 倍といっているだけです。
言い換えると、鋼鉄の 5 倍の強度というのは、TEMPO 酸化セルロースナノファイバーに限られます。
例えば、繊維径が 90 nm のセルロースナノファイバーには、この特性はありません。また 5 倍の強度とは、繊維を両側から引っ張ったときの引張強度のことです。現実には、径が 3~4 nm の繊維の両端をつまんで引っ張るなどということは不可能なので、特殊な条件のもとでの測定結果をもとに、この数値を出しているだけです。
もう一つの鋼鉄の 1/5 の軽さという特性ですが、これはセルロースナノファイバーに限ったものではなく、セルロース全般に当てはまる性質です。ほとんどがセルロースからできている紙や、紙の原料として使われるパルプも、その比重は鋼鉄の 1/5 です。単に軽量化したいだけなら、ナノ化したセルロースナノファイバーを使わなくても、パルプを使えばよいのです。
マテリアルリサイクルはかなり難しい
セルロースナノファイバーをプラスチックに混ぜて、強度向上と軽量化をするという研究が、日本で盛んに行われているという説明をしましたが、環境省は、セルロースナノファイバーを混ぜたプラスチックは、マテリアルリサイクルできるから環境負荷が少ない、という説明をしているようです。確かに、セルロースナノファイバーが入ったプラスチックだけを分別・回収できればマテリアルリサイクルは可能かもしれませんが、どうやって、分別・回収するのでしょう。
一部の汎用プラスチックは分別回収が進み、マテリアルリサイクルされていますが、ほとんどの廃プラは分別が難しいため、サーマルリサイクルか、埋め立て処分されています。仮に、分別・回収できたとしても、そのコストはだれが負担するのでしょうか。
ちなみに、セルロースナノファイバーは、もともと植物由来なので、サーマルリサイクルしたとしても、セルロースナノファイバーの分だけは、温室効果ガスの排出量としてカウントされません。
まとめ
- セルロースナノファイバーは値段が高いが、原料と製造コストを考えれば、仕方がないこと。海外では値段が高くても見合う用途開発が行われているほか、価格の安い他のナノセルロースも検討対象に含めている。
- 木材由来のセルロースナノファイバーは、製造するために多大なエネルギーを必要とする。セルロースナノファイバーの利用が温室効果ガスの削減につながるかどうかは、よく考える必要がある。海外では環境負荷を考慮して、製造に要するエネルギーが少ないバクテリアナノセルルロースを使うケースもある。
- セルロースナノファイバーの性状は、メーカーによって異なるうえ、性状を決める数値がほとんど公表されていない。海外では流通しているセルロースナノファイバーの種類自体が少ない。またセルロースナノクリスタルは、原料・製造方法による性状のばらつきが少ない。
- 日本でよく聞く、鋼鉄の5倍の強度で1/5の軽さという、セルロースナノファイバーの特性は怪しい。鋼鉄の5倍の強度は、一部のセルロースナノファイバーの特定の条件下での話で、1/5の軽さはすべてのセルロースに当てはまる。
- セルロースナノファイバーを混ぜたプラスチックは、マテリアルリサイクルが可能とされるが、それは分別・収集ができた場合の話であり、現実にはかなり難しい。