セルロースナノファイバー(CNF)には、その特性を生かしたさまざまな用途が検討されています。
製紙産業、プラスチック・ゴム製造業などにおけるCNFの用途と、日本国内での製品化の例を紹介します。
セルロースナノファイバーの紙関連の用途
セルロースナノファイバーのニーズで最も多いと予測されているのは紙への添加です。
ナノセルロースは紙に強度をもたせるために添加される「紙力増強剤」、紙の吸水性を調節してインクのにじみを防止する「サイズ剤」としてすでに用いられています。
特に近年需要が伸びている板紙(段ボール)においては、強度向上による薄膜化で段ボールを軽量化する、あるいは段ボール表面のインクの付着性をよくして意匠性をよくするなどの取り組みが世界各国で行われています。
紙力増強剤としての利用
国内ではトイレクリーナーシートにセルロースナノファイバーを添加することで、従来の製品よりも破れにくくしたものが発売されています。
使った後はトイレに流しますが、従来の製品と同様、水に溶ける性質は保持されています。また芯なしトイレットペーパーの芯孔を固める際に水の代わりにセルロースナノファイバーを使用することで、中心部が変形しにくいトイレットペーパーが発売されています。
【国内の製品化例】
トイレ用ペーパークリーナーにセルロースナノファイバーを配合することで、表面強度が2倍になりました。そのため、従来の製品に比べて、使っている途中でペーパークリーナーが破れにくくなりました。
一般的な芯なしトイレットペーパーの製法では、鉄の棒に紙を巻き付け水を吹いて芯孔を固めますが、この製品ではセルロースナノファイバー(CNF)を混ぜた水を採用しています。CNFの軽くて強い特性が芯孔強度を約20%増加させ、芯なしトイレットペーパーの弱点である、輸送中の芯孔のつぶれや歪みやすさを改善しています。
出典:大昭和加工紙業HP
スピーカーの振動板への適用
特殊紙の分野でもセルロースナノファイバーは使用されています。
最も製品化例が多いのは、紙あるいはプラスチックでできたスピーカーの振動板にCNFを添加し、機械的強度を上げるケースです。紙力増強剤としての用途に近いと考えられます。
ハイスペックなスピーカーの振動板にセルロースナノファイバーを使うことは以前からありましたが、近年、セルロースナノファイバーを使ったオーディオ機器が次々と発売されています。振動板の強度を向上させることで、重低音を中心とした高音質化が図られています。
【国内の製品化例】
セルロースナノファイバーとパルプを配合した振動板をノンプレス成形で製作しています。力強く低重心でありながら、レスポンス良く立ち上がる低音再生を実現しました。
セルロースナノファイバーを使った新開発の口径50mmドライバーを搭載しています。ハイレゾ音源の再生に対応したパイオニアブランドの密閉型ダイナミックステレオヘッドホンです。
食品包装フィルム・容器への適用
セルロースは水には溶けず、木質由来のセルロースの場合、約半分が結晶構造をしています。
木質由来のセルロース繊維を解繊して得られたセルロースナノファイバー(CNF)の単繊維は、水中で均一に分散しますが、濃度が高くなると単繊維が自ら配向して並ぶ性質があります。
これを自己組織化といいますが、この性質があるため、TEMPO酸化セルロースナノファイバーやリン酸エステル化セルロースナノファイバーで作ったフィルムは緻密な構造をしており、結晶構造の単繊維が積層しているため、高いガスバリア性を示すことが知られています。
また繊維径が小さく可視光を散乱しにくいため、フィルムは透明です。このようなフィルムを食品包装フィルムとして使うことを目指して、世界中で研究開発が進んでいます。
一方、CNFは親水性であるため、高湿度条件下ではガスバリア性能は低下してしまいます。
そこでナノクレイやマイカなどの層状無機粒子と複合化する、あるいは水に強い他の素材と積層化することによって、酸素バリア性を保つ工夫が検討されています。
CNFと層状無機粒子からできたフィルムは、透明で酸素を通さないため、食品や医薬品用の高機能包装材料としての利用が期待されています。このほかCNFのフィルムをポリエチレンテレフタレート(PET)などの透明樹脂フィルムに積層する、あるいはCNFを樹脂に混ぜた複合材料でフィルムを作るなどの方法も検討されています。
ガスバリア性が求められるのは透明フィルムだけではありません。CNFを紙に直接コーティングすることで、ガスバリア紙を作る試みも行われています。またCNFをPETフィルムに積層したのちに紙に積層するなど、さまざまな方法が検討されています。
この分野では、国内でいくつか試作品がありますが、製品化したものはありません。一方韓国、イスラエルなどで製品化したものがあるという情報がありますが、詳細はわかっていません。
紙おむつなどへの抗菌性の付与
ナノセルロースには比表面積が大きく、表面に多くの官能基を持つという特徴があります。
特にアスペクト比が大きいTEMPO酸化セルロースナノファイバー(TOCNF)は、ナノセルロースの中でも特に比表面積が大きく、表面にカルボキシ基のナトリウム塩(-COONa)が高密度に存在し、しかも水溶液中で分散していることから、金属ナノ粒子の担持基材として最適で、高い触媒活性が期待できます。
金属ナノ粒子とは、金属をナノサイズ(1~100nm)の粒子にしたものです。比表面積が極めて大きく、量子サイズ効果によって一般的な大きさの金属より活性が高くなることが知られています。
量子サイズ効果とは、ナノ粒子の直径を数nm~20nmまで小さくしたとき、電子がその領域に閉じ込められることで電子の状態密度が離散化され、また電子の運動の自由度が極端に制限されることによって、ナノ粒子の運動エネルギーが増加することいいます。
高活性な金属ナノ触媒は非常に不安定なため、何らかの担体に固定しなければなりません。合成高分子に固定した場合、金属ナノ触媒が緻密な合成高分子の層に練りこまれ、触媒の活性点が覆われて性能が低下してしまいます。
一方、分散性が高いTOCNFの表面のカルボキシ基を接点とし、金属イオンの交換反応を行うことで、少ない重量あたり大量の金属ナノ触媒を固定化することができます。
さらに固定化した金属ナノ触媒を起点に結晶成長させることで、金属ナノ粒子をその場で合成することができ、ナノセルロースの結晶表面により多くの金属ナノ触媒を分散・担持させることが可能となります。
銀イオンには抗菌性があるため、糞尿を分解して悪臭物質を生産する微生物の増殖を抑えることができます。TOCNFにナノ化した銀イオンを担持すると、従来の担体に比べて単位重量当たりの銀イオンの量が高く、しかも活性が高い脱臭シートを作ることができます。
ナノ化した銀イオンを使用しているかどうかはわかりませんが、銀イオンをTOCNFに担持した脱臭シートが、大人用紙おむつとパンティーライナーに使用されています。
また水の電気分解を触媒する酸化チタン(TiO2)をナノ化してナノセルロース上に担持することで、太陽光と水を使って水素を生産をするための研究が行われています。
【国内での製品化例】
出典:日本製紙クレシアHP
セルロースナノファイバーのプラスチック・ゴムなどへの添加
プラスチック・ゴムなどへセルロースナノファイバー(CNF)を添加する目的は、
・素材に強度や機能性を持たせること
・素材に生分解性を持たせること
です。
プラスチックの代替材料になるCNF関連材料は、
- CNFを添加したプラスチック複合材料
- CNFを使った紙ベースの素材(バルカナイズドファイバー等)
- CNFだけから作った樹脂
の3つになります。
セルロースナノファイバーを添加したプラスチック複合材料
高強度、軽量で生分解性があり、しかも再生可能という特性を持つナノセルロースをプラスチックに混ぜ、複合材料を作るための研究が世界中で行われており、さまざまな種類のサンプルが出回るようになりました。
日本では軽量・高強度複合材料を自動車、家電、住宅部材に使うための研究開発が行われており、2019年には開発された部材を使ったコンセプトカーが東京モーターショーに出品されるなど、注目を集めています。
2020年4月の時点で、国内でサンプルあるいは試作品が出ている複合材料としては、次のようなものがあります。
熱可塑性樹脂 | セルロースナノファイバー最大配合濃度(%) |
---|---|
ポリエチレン(PE) | 50 |
ポリプロピレン(PP) | 50 |
ポリスチレン(PS) | 23 |
ポリ酢酸ビニル(PVA) | 23 |
ポリ乳酸 | 25 |
ポリウレタン(PUR) | 30 |
アクリル樹脂 (PMMA) | 23 |
ABS樹脂 | 23 |
PVB樹脂 | 23 |
ポリブチレンサクシネート(PBS) | 26 |
ポリブチレンアジペートテレフタレート(PBAT) | 23 |
ポリアミド(PA6) | 13 |
ポリカーボネート | 23 |
ポリアセタール | 23 |
ポリカプロラクトン | 23 |
デンプン系樹脂 | 23 |
ポリヒドロキシアルカン酸(PHA) | 30 |
熱硬化性樹脂 | セルロースナノファイバー最大配合濃度(%) |
---|---|
フェノール樹脂 | 30 |
エポキシ樹脂 | 50 |
このように主要なプラスチックとの複合材料が作れるようになりましたが、複合材料の物理的特性のデータは一部しか公開されていません。また複合材料の価格については、ほとんど情報がありません。
セルロースナノファイバーを混ぜることで、新しい材料の付加価値が上がると思いますが、価格上昇に見合うものでなければ、実用化は困難でしょう。
特に高強度化を目指す場合、すでに実用化がされている炭素繊維強化プラスチック、ガラス繊維強化プラスチックとの競争になるため、セルロースナノファイバーの価格がどうなるかが実用化のカギになると思われます。
セルロースナノファイバー強化樹脂複合材料を安価に効率よく製造するために開発されたのが、京都プロセスです。木材や竹などの原料からCNF強化樹脂複合材料を一気通貫で連続生産するものです。プロセスの概略図は次の通りです。
出典:NEDO
このプロセスでは、原料バイオマスからリグニンが残存したリグノパルプを製造したのち、これを予備解繊し、シート化します。続いてこれをアセチル化して耐熱性を付与したのち、粉砕してから樹脂と混練することで、混練中にリグノパルプの繊維をナノレベルにまで微細化することができます。
できたマスターバッチをさらに樹脂と混錬してペレットを製造しますが、このペレットは射出成形によりさまざまな形状に加工することができます。従来の方法では、パルプをナノレベルまで解繊してから化学修飾したのちに樹脂と混ぜていましたが、このプロセスでは樹脂と混ぜる段階ではナノレベルにする必要がないので、時間とエネルギーが節約できるとのことです。
京都大学宇治キャンパス内で、このプロセスのベンチスケールプラントが稼働しているほか、関連特許として
- 特許第5500842号:セルロースナノファイバーの製造方法
- 特許第 5836361 号:透明樹脂複合材料
が成立しています。
【国内の製品化例】
セルロースナノファイバー(CNF)を含んだ樹脂を原材料の一部として使用し、これを発泡成形させたスポンジ材をミッドソール(甲被と靴底の間の中間クッション材)に使用したランニングシューズです。CNFを含んだ樹脂は星光PMCのSTARCELTM、発泡材料はアシックスのFlyteFoam® Lyte という名称です。同社の一般的なミッドソール材料と比較すると55%ほど軽量化されたが、耐久性は維持されているそうです。
セルロースナノファイバーを使った紙ベースの高強度材料
セルロースナノファイバーを使った紙ベースの高強度素材が、バルカナイズドファイバーです。
これは紙を薬品処理してセルロースをナノレベルまで解繊し、それを強固に結び付けたセルロースナノファイバーの固形物で、シート、ロールとして供給されています。強靭性(粘り強く割れにくい)、絶縁性、生分解性、易加工性(折曲加工、絞り加工)があり、表面処理、塗装や接着が可能であるのが特徴です。
素材として供給されたバルカナイズドファイバーを使って、電気絶縁材料や研磨ディスク基材といったB to B商品、トランク(かばん)、楽器ケース、配達箱、テープケース、剣道・空手の防具などのB to C商品が製造され、市販されています。
また大王製紙がCNFシートを独自に開発しており、レース用自動車の外板に使っています。詳しい内容は同社のウェブサイトで公開されています。
セルロースナノファイバーだけから作った樹脂
セルロースナノファイバー(CNF)を固めて樹脂を作ることができます。中越パルプ工業が竹から製造したCNFを使った「箏柱(ことじ)」が、Sera Creations(神奈川県逗子市)から発売されています。
箏柱とは、箏(こと)で胴の上に立てて弦を支え、その位置によって音の高低を調節するもので、象牙や合成樹脂製のものが用いられてきました。自然保護や脱石油の観点から象牙や合成樹脂に代わる素材としてCNFに着目し、製品化されました。
【国内の製品化例】
日本の竹由来セルロースナノファイバーを使用し、「華やかさ」と「重厚感」の違いが出せる3形状(I型・II型・小柱)と、「音色」で選ぶ2タイプ「宙(SORA)」「樹(MIKI)」があります。