ナノセルロースであることをどうやって証明する?
容器の中に半透明でゲル状の液体が入っており、ラベルに「セルロースナノファイバー」と書いてあります。これが本当にセルロースナノファイバーかどうか、証明する方法はあるのでしょうか。
方法はありますが、それは共通の物差しではありません。ですから、これはセルロースナノファイバーだと主張すれば、それを否定するすべはありません。
共通の物差しを「規格」といいます。国内で通用する国内規格、世界各国で通用する国際規格などいろいろありますが、セルロースナノファイバーについては、国内規格も国際規格もありません。
例えば「しょうゆ」は日本農林規格で成分と官能で規定されており、それぞれ測定方法も詳しく決められており、さらに「しょうゆ」と表示するための数値の範囲が規定されています。しょうゆを水で薄めても、見た目はしょうゆですが、成分の数値が規格を下回ると、それはもはやしょうゆではありません。
セルロースナノファイバーに寒天を混ぜて、固形物濃度を2倍にしたとします。しかし、これがセルロースナノファイバーではないと、断言できるでしょうか。固形分の半分はセルロースナノファイバーなのですから。
このように規格がないということは、商品の取引をするうえで非常に不便です。
このような状態では、セルロースナノファイバーの利用が拡がらないので、セルロースナノファイバーであることを証明する方法を早く共通化し、国際標準とするための活動が2015年から行われています。
現在、TEMPO酸化セルロースナノファイバーやリン酸エステル化セルロースナノファイバーなど、繊維の径が3~4nmで、水中で完全分散するセルロースナノファイバーを対象として、特性評価の項目と測定方法を決めるための国際標準づくりが進んでおり(ISO/TC 229 – DTS 21346)、数年以内に技術仕様書として発行される見通しとなっています(2020年4月現在)。
一方大半のセルロースナノファイバーはこれよりも繊維の径が大きく、水中で網目状になっています。これらのセルロースナノファイバーの特性評価方法の規格化については、まだ着手されていません。
セルロースナノファイバーの取引は基本的に企業間取引なので、取引する企業どうしで、性状と品質について合意ができればよい、との考えもあり、製造する側は規格化に必ずしも積極的ではありません。
しかしセルロースナノファイバーを利用する側にとって、各社のセルロースナノファイバーの性状を共通の物差しで比較できないことは、大きなデメリットではないでしょうか。
ナノセルロースの安全性
セルロースは古くから使用されていますが、それをナノサイズにしたナノセルロースは、バクテリアナノセルロース(ナタデココ)を除いて、人類が長期間使用した経験がありません。
現在、ナノセルロースとそれを用いた製品の市場が急速に拡大していることを踏まえ、ナノセルロースおよびそれを用いた製品を、製造、使用、廃棄する過程において、有害危険性(ハザード)が潜んでいないかを検証し、ナノセルロースとそれを用いた製品を製造・使用するにあたり、作業者や消費者が実態に即して安全性、すなわちリスクの有無と程度を確認できるようにする必要があります。
リスクとは私たちの健康または環境に対して好ましくない影響を及ぼす可能性のことです。
例えば、私たちの生活の中には、自然災害によるリスクや病気によるリスク、化学品によるリスクなど、さまざまなリスクが存在しています。化学品によるリスクとは、化学品を通して私たちの健康や自然環境に悪い影響を及ぼす可能性のことであり、リスクは化学品そのものの有害危険性(ハザード)とその化学品にどれだけ接したか(暴露量)によって決まります。
そのため有害危険性が低くても暴露量が多い場合には、悪影響を及ぼす可能性は高くなり、逆に有害危険性が高くてもごく微量の暴露であれば、悪影響を及ぼす可能性は低くなります。
ナノセルロースのリスク評価は世界中で行われていますが、筆者の知る限り、有害危険性があるという報告はありません、しかしだからといってナノセルロースは安全だという証明にはなりません。
国内では製造物責任法の取り決めに従って、製造、加工、輸入した事業者が安全性を担保することになります。
製造物責任法では、製造業者等が自ら製造、加工、輸入又は一定の表示をし、引き渡した製造物の欠陥(製造物が通常有すべき安全性を欠いていること)により他人の生命,身体又は財産を侵害したときは、過失の有無にかかわらず、これによって生じた損害を賠償する責任があると定めています。
セルロースの結晶領域と結晶化度
セルロースはα-グルコースがβ-1,4結合でつながった分子鎖が束になったものです。
この束の太さに応じて、セルロース繊維(径が20~50μm)やナノセルロース(径が3~100nm)という名前がつけられています。これには、束がしっかりと固まっている場所と、束がややほぐれている場所があります。
しっかりと固まっている場所を結晶領域、ややほぐれている場所を非晶領域(=アモルファス領域)といいます。またセルロースの結晶領域の割合を結晶化度といいます。
結晶領域と非晶領域を比べると、結晶領域のほうが強度は高く、非晶領域のほうが分解されやすいので、結晶化度の高いセルロースほど、高強度といえるでしょう。
ちなみに非晶領域を中心にセルロース繊維を酸加水分解して得られるのが、セルロースナノクリスタルです。
ところでセルロースの分子鎖に向きがあるのをご存じでしょうか。
セルロースの分子鎖の片方の末端にあるC1位の水酸基は還元性を示し、もう片方の末端にあるC4位の水酸基は還元性を示しません。そのため前者を還元末端、非還元末端と呼びます。
天然に存在するセルロースでは、隣り合う分子鎖どうしで分子鎖の向きが全て同じです。これをⅠ型セルロースといいます。これらの天然のセルロースをいったん溶解して、ふたたびセルロースにすると、隣り合う分子鎖どうしで分子鎖の向きが逆になったものが得られます。これをⅡ型セルロースといいます。
Ⅱ型セルロースはⅠ型セルロースに比べて熱力学的に安定ですが、結晶化度が低く、結晶粒子の配列が乱れているため、吸水性が高いといわれています。またⅠ型は人工的に合成することができません。
なおセルロースの構造はⅠα、Ⅰβ、Ⅱ、Ⅲ、ⅣⅠ、ⅣⅡなどに分けられます。植物から得られるセルロースはⅠβ型が主体、バクテリアセルロースではⅠα型が主体となります。