ネット上ではセルロースナノファイバー関連銘柄として20社以上の企業名があげられています。
6年以上、この業界の動きを見てきた筆者としては、なぜこの会社が関連銘柄?と思う企業が相当含まれています。確かに過去にセルロースナノファイバーに関連してニュースになったことはありますが、その後、開発を断念して撤退した会社もあります。また企業の規模から考えて、業績にはほとんど影響しないと思われる企業もあります。
2021年9月時点でのセルロースナノファイバーの実用化状況
セルロースナノファイバーは実用化している!?
セルロースナノファイバーという素材については、研究段階から実用化段階へ移行しつつある、というのは正しい認識だと思います。
ただ問題は「実用化」の中身です。実用化とは「実際に使えるようにすること」です。
現在、日本国内でセルロースナノファイバーを生産し、製品またはサンプルとして、有償・無償にかかわらず外部へ提供している企業は、少なくとも22社あります。これ以外に、自社内での利用を目的としてセルロースナノファイバーを生産している企業を含めると、30社以上あると推定されます。
セルロースナノファイバーの製造企業が、製品やサンプルとして社外に出していることは、立派な実用化です。品質を安定化させる、商品のラインアップを拡充する、製造コストを下げる、といった開発要素は残っていたとしても、製造企業にとっては、実用化段階に移行したと胸を張っていえる状況です。
ただセルロースナノファイバーは最終製品ではなく、素材に過ぎません。素材を使って部品を作る、その部品を使って、最終製品が作られる、というところまで到達しないと、社会の中でセルロースナノファイバーが実用化したとはいえません。
セルロースナノファイバーを使った商品は増加
セルロースナノファイバーを使った商品第1号は、2015年に発売を開始した日本製紙クレシアの大人用紙おむつ「肌ケア アクティ」と三菱鉛筆のゲルインクボールペン「ユニボールシグノ UMN-307」といわれています。
実はこれよりも前に、ダイセルファインケム(現ダイセルミライズ)が食品添加物や化粧品原料、紙力増強剤として使える、微小繊維状セルロース「セリッシュ」を、北越東洋ファイバーがバルカナイズドファイバーを製品化していましたが、いずれもコンシューマー・プロダクツではなかったため、あまり注目されていませんでした。
その後、セルロースナノファイバーブームの到来とともに、さまざまな商品が開発されました。中には、セルロースナノファイバーを使う意味が明確でないものもありました。現時点で30種類を超える製品が市場に出回っています。
この1年だけを見ても、超ロング5倍巻きトイレットペーパー、ソルダーペースト(クリームはんだ)、スニーカー、ヘアケア商品、和菓子・洋菓子などが新たに発売されました。セルロースナノファイバーを使った商品の数は日本が断トツに多いので、日本がセルロースナノファイバーの実用化で先頭を走っているという表現も正しいと思います。
セルロースナノファイバーはキラーアプリケーションか?
セルロースナノファイバーを使った商品が次々と開発されて発売される中で、市場から消えていくものもすでに出始めています。企業は発売するときはプレスリリースを出して発表しますが、撤退するときは何も発表しません。差し障りがあるので、具体的な商品名は挙げませんが、次世代モデルや新商品で、セルロースナノファイバーを使用しないという動きが出ていることに留意が必要です。
ではなぜ、セルースナノファイバーの利用を止めたのでしようか。あくまで推測ですが、以下の2点が理由と思われます。
- セルロースナノファイバーを使用してもしなくても、製品のスペックに差がない。
- セルロースナノファイバーよりも性能がよい、あるいは性能が同等で安価な材料が見つかった。
要するに、その製品はセルロースナノファイバーのキラーアプリケーションではなかった、ということでしょう。
セルロースナノファイバーの特性とキラーアプリケーション
みなさんもよくご存じだと思いますが、セルロースナノファイバーには、次にあげるような特性があります。いずれも、素材としては素晴らしい特性ばかりです。これをうまく生かした製品開発ができれば、イノベーションが起きることは間違いありません。
- 高強度
- 軽量
- 低熱膨張
- 熱伝導率が高い
- 耐熱性は低い
- 絶縁性がある
- 比表面積が大きい
- 親水性、保水性がある
- 増粘性と保形性がある
- 水分散体はチキソ性を示す
- 均一分散性がある
- ガスバリア性・細孔制御性
- 生分解性がある
しかし残念ながら、この中にセルロースナノファイバーだけが持つ特性は一つもありません。この特性を得るために、別の選択肢が存在する、ということです。
また多くの方が誤解されているようですが、すべてのセルロースナノファイバーが、この13の特性全てを兼ね備えているわけではありません。またセルロースナノファイバーの種類によって、特性の程度に差があります。
いま、世界中の研究者が、セルロースナノファイバーのキラーアプリケーションを必死で探しています。
セルロースナノファイバーでなければ実現できない性能、セルロースナノファイバーを使うことで他の材料よりも安価で実現できる用途を使った製品を開発しない限り、セルロースナノファイバーを使った商品を開発したとしても、いずれは市場から消えていくことになるでしょう。
セルロースナノファイバーの実用化状況のまとめ
これまでに説明してきた内容を含めて、2021年9月時点における、日本のセルロースナノファイバーの実用化状況をまとめると、
- セルロースナノファイバーの「製造」は実用化を完了している。
- セルロースナノファイバーの「利用」も実用化が進められているが、セルロースナノファイバーがキラーアプリケーションでない商品の中には、市場から撤退をし始めたものがある。
- セルロースナノファイバーの実用化で日本が世界の先頭を走っているというのは事実。
- セルロースナノファイバーの実用化競争でライバルに勝つためには、キラーアプリケーションを見つけることが重要。世界中でそのための研究開発が進められている。
ということになります。
セルロースナノファイバー関連銘柄と動き
この記事を執筆した2021年9月時点で、セルロースナノファイバーの研究開発・実用化を行っている、あるいは行っている企業と密接に関係すると推定される上場企業を「セルロースナノファイバー関連銘柄」と名付け、そのうち主要な企業の最新動向を紹介します。
日本製紙【3863】
TEMPO酸化CNFは日本製紙クレシアの紙おむつ・パンティーライナーの消臭機能付与に使われているが、他社製品と比較して消臭性が優れているわけではなく、セルロースナノファイバーの使用による差別化ができているとは言い難い。
カルボキシメチル化CNFは食品添加物、化粧品原料、医薬部外品原料として売り込みを図っているが、採用事例は数えるほどしかない。また既存のカルボキシメチルセルロース(ナノ物質ではない)との差別化ができていない。食品添加物を使っていることを前面に出した販売戦略にも疑問を感じる。
セルロースナノファイバー強化樹脂の製造実証設備が竣工してから4年以上が経過するが、サンプル提供は行われていない。開発研究用減価償却資産の法定耐用年数は4年なので、税金を投入して作られた製造実証設備は、サンプル提供しないまま廃棄される可能性もある。
世界的に見て、セルロースナノファイバーの製造・利用研究に注力している企業ではあるが、セルロースナノファイバー関連事業のものが順調に進捗しているとは言い難い。
2021年3月に東北大学との共同研究で、セルロースナノファイバーに蓄電効果があり、これを用いてスーパーキャパシタの開発に成功したとのプレスリリースが出たが、同じような研究は中国、韓国でも行われており、開発競争に勝てるかどうかはこれからのがんばり次第。
売上高1兆円の同社にとって、セルロースナノファイバー関連事業での受け上げが寄与するようになるのは、かなり先になるだろう。
王子ホールディングス【3861】
同社のセルロースナノファイバーの製品採用事例は3件がプレスリリースで発表されている。
1件目は一般消費者向けのカーケミカル用品の原材料(増粘剤)として採用されたことを2017年6月にニュースリリースで発表している。商品名・メーカーは非公表。
2件目は2019年2月にタケ・サイト(静岡市)が開発した生コンクリート圧送用先行剤「ルブリ」に採用されている。これはセルロースナノファイバーのチキソ性を活用した製品で、セルースナノファイバーのキラーアプリケーションといえる。
3件目は2020年2月にダーカー(東京都)が製造する卓球ラケットに、CNFの透明シートが初めて採用された。ダーカーは卓球ラケットに中越パルプ工業が製造するセルロースナノファイバーのスラリーを使用していたので、セルロースナノファイバーの調達先を中越パルプから王子に変えたことになる。
日本製紙のように自社グループの製品にセルロースナノファイバーを使っているわけではないので、セルロースナノファイバーの出荷量は極めて少ないことが予想される。同社の売上高は1兆4千億円あるため、現時点ではセルロースナノファイバー関連事業の動向が同社の業績に与える影響は、ほぼゼロと考えてよい。
大王製紙【3880】
また国内でセルロースナノファイバーを扱う企業の中で、ウェブサイトが一番充実している。
同社が独自で進めるアプリケーション開発の一つとして、CNF成形体とCNF複合樹脂を、レースに参加する電気自動車に実装している点が注目される。
京都大学を中心とした研究グループは税金を使ってCNF複合樹脂を自動車に適用する研究開発を進めているが、2019年に双方のコンセプトカーを見た筆者の感想としては、大王製紙の方がより実用化に近い位置にあると感じた。
京都大学は自動車部品の開発を目指しているようだが、大王製紙は開発した素材を自動車に適用することで、実用化に向けての課題を抽出するのが目的のようだ。成形体はCNFとパルプ繊維を複合化した素材で、汎用プラを上回る力学特性があるほか、熱特性にも優れているため、さまざまな用途が考えられる。
CNF複合樹脂も、日本製紙がCNF強化樹脂のプラントが稼働して4年経過した現在も、サンプル供給のめどが立っていないのに対し、実車走行する自動車の部材として使用している点で、実用化にかなり近い位置にあるようだ。
日本の製紙メーカーで、セルロースナノファイバーに関する本気度が一番感じられるのは、大王製紙である。
同社は自社のトイレクリーナーシートにセルロースナノファイバーを使用しながら、キラーアプリケーションの開発を着々と進めており、今後の進展が楽しみである。同社の売上高は5,600億円あるが、今後、セルロースナノファイバー関連の売上げが増えることを期待している。
第一工業製薬【4461】
同社のセルロースナノファイバーは、2015年に三菱鉛筆のゲルインクボールペンのインクに採用され、翌年の伊勢志摩サミットでゲルインクボールペンが応援アイテムになるなど、大きな注目を集めた。ただその後、化粧品原料、セラミックスの鋳込成形用の添加剤として採用された以外は、採用実績は公表されていない。
同社が独自でアプリケーション開発を行っている様子はなく、ユーザーに対してサンプル提供を行って、評価を受けているようである。
同社のセルロースナノファイバー事業は、先行きが明るいとは思えない。化学メーカーである同社は、原料である木材パルプを外部から調達しなければならない。これに対して、同じ製品を製造している日本製紙は、社内に大量の原料を保有している。
また日本製紙が年間生産能力500トンの量産設備を保有するのに対し、同社大潟事業所にある生産設備は年間300トンに拡大する計画があるものの、現時点で同社からは正式発表はない。TEMPO酸化セルロースナノファイバーの商業生産は中国でも行われていることから、海外への販売も難しいのではないかと考えられる。
同社の売上高は590億円なので、セルロースナノファイバーが当たれば業績への寄与も大きいが、現時点ではその可能性は低いと考えざるを得ない。
星光PMC【4963】
この樹脂は成形体として使う以外に、発泡体、フィルムとして使用することができ、発泡体がアシックスのランニングシューズにクッション材として採用されている。CNF配合樹脂をコンシューマ・プロダクツに適用した、世界初のケースで、アシックスはこの樹脂を継続して採用している。
同社ではこの樹脂を自動車、建材、家電、日用品の各種樹脂材料に適用していく予定としている。
現時点では、採用例はランニングシューズのみ。今後、他の製品へ広がるかどうかがカギと考えられる。同社の売上高は260億円なので、樹脂の採用が広がれば、売上に寄与する可能性が極めて高い。
中越パルプ工業【3877】
新規事業としてセルロースナノファイバーに注力しており、国内のセルロースナノファイバーの中で、同社のものが採用事例数が最も多い。
これまでに音響機器(振動板)、卓球ラケット、和楽器、ソルダーペースト(はんだ)、スニーカーのラバーソールなど、さまざまな製品に使われている。ただ現時点ではどの用途も使用量が極めて少なく、同社の売上(直近で売上高890億円)に貢献するに至っていないと考えられる。
また卓球ラケットについては、同社のセルロースナノファイバーが採用されたのが最も早かったが、ラケットメーカーは新商品からセルロースナノファイバーの調達先を同社から王子ホールディングス(王子HD)に変更している。王子HDは同社の株式の20%超を保有しており、今後、同社のセルロースナノファイバー事業の方針決定に王子HDが関わってくることも考えられる。
その他の企業について
レンゴー、東亞合成などが、セルロースナノファイバーの新たな製造方法を開発したことを発表し、それに対して市場が反応しているようてすが、個人的には理由がわかりません。日本国内にはセルロースナノファイバーを製造している企業が22社あり、その中には大型の生産設備を保有している企業もあります。
一方でセルロースナノファイバーの利用は思ったほど広がっておらず、特にセルロースナノファイバーを大量に使用するであろう樹脂向けの用途としては、ランニングシューズの発泡材料に留まっています。このような状況の中で、セルロースナノファイバーの製造事業に新たに参入して、勝算はあるとは思えません。
すでに述べたように、セルロースナノファイバーの実用化のカギは、キラーアプリケーションの開発です。アプリケーション開発競争は世界中で行われていますが、日本は周回遅れになりつつあります。
用途がないまま供給量を増やしても、価格競争が起きるだけで、市場拡大にはつながりません。また海外でもセルロースナノファイバーの生産が拡大してる中で、原材料コスト、エネルギーコスト、労働賃金の点で、日本が不利な立場にあることは、疑いようがないと思います。
まとめ
- 国内でセルロースナノファイバーを生産している企業は、自社利用を目的で生産している企業も含めると30社以上ある。
- セルロースナノファイバーの製造については実用化が完了し、利用については実用化が進んである途中である。ただセルロースナノファイバーを使用した製品の中には、市場から撤退をし始めたものもある。
- セルロースナノファイバーの実用化で、日本が世界の先頭を走っているのは事実だが、実用化の競争に勝つためには、キラーアプリケーションを見つけることが重要。
- 世間でセルロースナノファイバー関連銘柄といわれている企業の中には、すでに撤退した企業や、業績への影響がほとんどない企業も含まれる。