ナノセルロース

ナノセルロースとは

ナノセルロースは、ナノサイズ(縦、横、高さのいずれかが1~100nm(ナノメートル、1nm = 1/1,000,000 mm))のセルロースのことです。

まずセルロースは、グルコース(ブドウ糖)が結合したポリマーで、地球上に最も大量に存在するポリマーです。

自然界では(図1)の分子鎖が集まった太い束(繊維状なので「セルロース繊維」と呼ばれます)が高等植物に含まれています。高等植物にはセルロース以外に、ヘミセルロース、リグニンという成分も含まれており、植物の組織の中でセルロース繊維は鉄筋、ヘミセルロースとリグニンはコンクリートのような役割を果たしています(図2)。

木材や綿から取り出したセルロース繊維は、紙や衣類として広く使われています。

図1セルロースの分子鎖
図2植物の組織の図解

 

ところでセルロース繊維の径(太さ)は20~50μm(マイクロメートル、1μm = 1/1,000 mm)です。髪の毛の径が60~80μmなので、髪の毛より少し細いくらいです。もちろん肉眼で見ることができます。

これをさらに1/1,000から1/10,000まで細かくしたものがナノセルロースです(図3)。

これはインフルエンザウイルスよりも小さいので、肉眼で見ることはできません。どれくらい小さいかをわかっていただくために、ナノセルロースが荷造り用の紐と同じと仮定しましょう。そうするとナノセルロースの原料である丸太は、北海道と同じ大きさになります。それくらいナノセルロースは細いのです。

ナノセルロースにはさまざまな種類があり、細かく分類すると200種類以上あるといわれています。

図3ナノセルロースのサイズの図解

セルロースミクロフィブリルが基本単位

ナノセルロースは、セルロースの分子鎖30~40本が束になったセルロースミクロフィブリルという細長い繊維が基本単位です。
TEMPO触媒酸化CNF電顕写真

繊維の径は3~4nmで揃っていますが、繊維の長さはまちまちで、長いものでは数μm(=数千nm)になる場合もあります。

 

ところで基本単位というのはどういう意味でしょうか。それはこれ以上、「細く」できないという意味です。

ちなみに長さを短くすることはできるので、「細かく」できないわけではありません。

さきほどセルロースの分子鎖が30~40本束になっていると説明しましたが、セルロースの分子鎖まで細くできないのでしょうか。残念ながらそれはできません。

高校の教科書に載っていたセルロースの分子鎖、すなわちα-グルコースがβ-1,4結合でつながったポリマーは、分子鎖の状態で取り出せないのです。

セルロースミクロフィブリルは繊維の径がナノサイズなのに、なぜ「セルロースナノフィブリル」ではなく「セルロースミクロフィブリル」と呼ばれるのでしょうか。

セルロースミクロフィブリルのmicroというのは「ミクロサイズの」という意味ではなく、「小さい」という意味です。「セルロースミクロフィブリル」という呼び名が一般的に使われているのですが、「セルロースナノフィブリル」も同義語として使われます。

この基本単位をもとに、ナノセルロースの構造を見ていきましょう。

まず最も細いセルロースナノファイバー、すなわち繊維径が3~4nmのセルロースナノファイバーですが、これは先ほど説明したセルロースミクロフィブリルそのものです。セルロースナノファイバーの単繊維とか、シングルナノファイバーと呼ばれる場合もあります。

製造方法によって、TEMPO酸化セルロースナノファイバー、リン酸エステル化セルロースナノファイバーなど、いくつかの種類があり、表面の官能基の種類が異なります。

このタイプのセルロースナノファイバーは、水溶液中で完全に分散し、繊維径が光の波長より小さいため、透明に見えます。

このセルロースミクロフィブリルが束になったものが、一般的にセルロースナノファイバーと呼ばれるものです。繊維(束)の径は製造方法・製造条件によって大きく異なります。

また径の分布もまちまちで、100nmを超える太い繊維が含まれている場合もあります。ちなみに径が3~100nmの繊維が全体の半分以上なら、ナノセルロースとなります。逆に径が100nmを超える繊維が半分以上なら、ナノセルロースではありません。

ナノ物質に対する規制が厳しいEUでは、あえてナノセルロースと名乗らないほうがよい場合もあり、うまく使い分けている事業者もあるようです。

最後にセルロースナノクリスタルについて説明します。国際標準化機構(ISO)の標準仕様書(TS)によれば、セルロースナノクリスタルは繊維径が3~50nm、繊維長が100nm~数μm、アスペクト比が5~50と記載されていますので、セルロースミクロフィブリル単体、あるいはセルロースミクロフィブリルの束です。

ただセルロースナノファイバーと比べて繊維長が短くなっています。これは製造方法に違いがあるからです。セルロースナノファイバーはセルロース繊維を物理的な方法を主体にしてほぐして作りますが、セルロースナノクリスタルはセルロース繊維を酸で加水分解して作ります。

セルロース繊維には、結晶構造の部分と非晶構造の部分があり、非晶の部分は加水分解を受けやすくなっています。加水分解の条件を調節することで、結晶の形をしたセルロースナノクリスタルを作ることができます。

セルロースナノファイバー(CNF)とは

セルロースナノファイバーは、ナノサイズ(縦、横、高さのいずれかが1~100nm(ナノメートル、1nm = 1/1,000,000 mm)にした繊維状のセルロースです。
CNFの電顕写真

ナノセルロースには長さが短い結晶状のもの(セルロースナノクリスタルといいます)も含まれますが、セルロースナノファイバーは繊維の長さが少なくとも径の10倍以上で、通常、数~数百μm(マイクロメートル、1μm = 1/1,000 mm)です。

セルロースナノファイバーの最小単位は「セルロースミクロフィブリル」です。

これは繊維の径が3~4nmで、これ以上細くすることができません。セルロースナノファイバーはこのセルロースミクロフィブリルが単独または束になったものです。ちなみに径が100nmのセルロースナノファイバーは約250本のセルロースミクロフィブリルが束になっていることになります。

セルロースナノファイバーは木材パルプ(木材からヘミセルロースとリグニンを除去して得られたセルロース繊維)から作られることが多いですが、セルロースが含まれるものなら、基本的に何でも原料になります。

セルロースナノファイバーの作り方は、

  1. 植物のセルロース繊維を物理的な方法だけでほぐすやり方
  2. セルロース繊維に化学薬品を反応させてから物理的な方法でほぐすやり方
  3. 微生物で合成するやり方

の3つに分かれます。

③の方法で得られたセルロースナノファイバーを「バクテリアナノセルロース」と呼び、セルロース繊維を細かくほぐしたセルロースナノファイバーとは分けて扱う場合もあります。

日本では20社近くの民間企業がセルロースナノファイバーを製造しており、サンプルや製品として販売しています。

原料、製造方法が異なるため、セルロースナノファイバーという名前がついていても物性は大きく異なります。異なる材料として取り扱ったほうがよいかもしれません。

セルロースナノファイバーの種類別径のサイズ

セルロースナノクリスタル(CNC)とは

セルロースナノクリスタルは、ナノサイズ(縦、横、高さのいずれかが1~100nm(ナノメートル、1nm = 1/1,000,000 mm)にした結晶状または紡錘状のセルロースです。径は3~50nm、長さは100nm~数μm(マイクロメートル、1μm = 1/1,000 mm)、繊維の長さを径で割ったアスペクト比は5~50です

セルロースナノファイバーと比べると、アスペクト比が小さいのが特徴で、またセルロースナノファイバーで見られるような粒子どうしの絡み合いや網目状構造はなく、水溶液中で分散して存在します。

CNCのサイズ図解 CNC電顕写真

セルロースナノクリスタルは植物由来のセルロース繊維を硫酸などの酸で加水分解して作ります

セルロース繊維は固い結晶構造と比較的やわらかい非晶構造からできていますが、非晶構造が酸で分解されて、主に結晶構造が残ったものが、セルロースナノクリスタルです。

そのためセルロースナノファイバーと比べると、結晶構造の比率(これを結晶化度といいます)が高くなっています。またセルロースナノファイバーはいったん乾燥すると、水に再懸濁しても凝集してもとの状態に戻りませんが、セルロースナノクリスタルは乾燥することができます。

カナダ、アメリカ、スウェーデンなどで木材パルプを原料として商業生産されており、スプレードライヤーで乾燥した状態で出荷されます。

スプレードライヤーで乾燥したCNC

 

ところでセルロースナノクリスタルは日本では商業生産されていませんし、セルロースナノクリスタルを使った製品も知られていません。

セルロースナノファイバーよりも製造コストが安く、長距離輸送に向いているため、用途によってはセルロースナノファイバーより適している可能性があります。

海外で生産されているセルロースナノクリスタルを入手する方法は、海外企業のページを見てください。またセルロースナノクリスタルの製造過程がわかる動画もあわせてごらんください。

セルロースナノクリスタルの製造方法、性状の違いは比較的少ない

セルロースナノクリスタルは、高等植物から取り出したセルロース繊維を酸で加水分解して作ります。
FPLの装置

セルロース繊維は千から数千個のグルコースがβ-1,4結合でつながった分子鎖が束になっているのですが、繊維の中にこの分子鎖の配列が三次元的に規則正しい周期性と対称性を持つ結晶となっている結晶領域と、無秩序な非晶(アモルファス)となっている非晶領域があります。

非晶領域は結晶領域に比べて酸による加水分解を受けやすいため、酸で処理すると、セルロース繊維の分解物を得ることができます。反応条件を調節することで、繊維の径(太さ)が3~100nmになるようにしたものが、セルロースナノクリスタルです。

加水分解には主に硫酸が使われますが、塩酸、リン酸、ギ酸が使われる場合もあります。

このうち最も一般的な硫酸を使った方法を紹介しましょう。

まずセルロース繊維(パルプ)に64%硫酸を加え、45℃で60~90分間撹拌します。固形分を回収して水洗したのち、冷却装置を備えたホモジナイザーに2~3回通すことでも完全に解繊します。こうして得られたセルロースナノクリスタルは、半透明でゲル状の水溶液です。

CNCの製造方法の図解

セルロースナノクリスタルは通常、スプレードライヤーで乾燥してから出荷されます。

セルロースナノファイバーはいったん乾燥すると、水に再懸濁しても凝集してしまい、もとの状態には戻らないといわれています。

これに対してセルロースナノクリスタルは、乾燥後、再びゲル状の水溶液に戻すことができるので、乾燥することができるのです。乾燥できることは、輸送・利用にあたってアドバンテージであると思います。

バクテリアナノセルロース(BNC)とは

バクテリアナノセルロースは、微生物によって合成されるセルロースナノファイバーの一種で、通常、径が20~50nm(ナノメートル、1nm = 1/1,000,000 mm)、長さは100nm~数μm(マイクロメートル、1μm = 1/1,000 mm)です。

BNCのサイズの図解

酢酸菌という細菌は、グルコース(ブドウ糖)、フルクトース(果糖)などの単糖を原料にセルロースを合成します。

セルロースはグルコースが3,000~6,000個つながったものですが、酢酸菌は自分の体の表面に多数存在するセルロース合成ポイントで、これらの糖を原料にしてセルロースミクロフィブリル(セルロースナノファイバーの最小単位で径が3~4nm)を合成します。

そしてこれが束になることで、バクテリアナノセルロースが作られます。

植物を分解して作るセルロースナノファイバーは、処理条件により繊維の径、長さに分布が生じ、しかも植物の成分が混入する可能性がありますが、バクテリアナノセルロースは糖を原料として合成するため、性状が均一で、セルロースの純度が高いといわれています。

またセルロース繊維は固い結晶構造と比較的やわらかい非晶構造からできており、木材パルプの場合はそれぞれ50%ずつといわれていますが、バクテリアナノセルロースでは75%が結晶構造であるという特徴があります。

バクテリアナノセルロースは植物を分解して作るナノセルロースに比べて製造コストが高いため、アプリケーション開発は、創傷被覆材、骨細胞培養基材、人工血管、心臓弁、ドラッグデリバリーなどのバイオメディカル分野、フェイスパックなどのコスメティック分野、酸化グラフェン、銀ナノワイヤーとの融合による先端デバイス分野で進められており、一部は商品化されています。

また研究開発が活発な国は、ポーランド、ドイツ、オーストリア、スペイン、ポルトガル、ブラジルで、植物由来のナノセルロースの研究開発・実用化が進んでいる国とは異なります。

 

ところでデザートとして食べられるナタデココがバクテリアナノセルロースであることは、ご存じでしょうか(写真)。

ココナッツジュース(グルコースを含む)に酢酸菌の一種であるナタ菌を加えて2週間ほど静置すると、液体の表面に寒天状の膜ができます。これを煮沸・洗浄して食べやすい大きさに切ったものがナタデココです。ちなみにナタデココ(nata de coco)とは、ココナッツの上澄み皮膜という意味だそうです。

また余談ですが、1970年代に流行した紅茶キノコの瓶に浮かんでいた寒天状の物質も、バクテリアナノセルロースです。現在はコンブチャと名前を変えて、流行し始めています。

ナタデココナタデココ nata de coco(ココナッツの上澄み皮膜)

BNCのトレイによる静置培養2Lトレイによる静置培養

バクテリアナノセルロースの製造方法、大半は昔ながらの製法で作られる

酢酸菌という細菌がグルコース(ブドウ糖)、フルクトース(果糖)などの単糖をから合成するバクテリアナノセルロースは、通常、径が20~50nm(ナノメートル、1nm = 1/1,000,000 mm)、長さは100nm~数μm(マイクロメートル、1μm = 1/1,000 mm)で、セルロースナノファイバーのひとつです。

製造方法は静置培養と撹拌培養に分かれますが、静置培養が大半を占めています。

静置培養は、容量が2Lくらいのトレイに原料となる糖が入った水溶液(これを、培地といいます)と酢酸菌を入れ、ふたをして30~35℃位に保ちます。すると2週間で、水溶液の表面に寒天のような膜ができますが、これがバクテリアナノセルロースです。

もともとナタデココはココナッツジュースに環境中の酢酸菌が入り、ココナッツジュースの表面に自然にできた膜です。

撹拌培養は培地と酢酸菌をタンクに入れ、温度を一定に保ちながら撹拌するもので、一般的な微生物生産で用いられる方法です。静置培養よりも生産速度が高く、ゲル状のバクテリアナノセルロースが得られるといわれています。

生産菌としては、Komagataeibactorが最も広く使われており、遺伝子操作により、収量、性状をコントロールするための基礎的研究も進められています。フィリピン、インドネシア、日本で食品用に生産されていますが、食品用途以外で商業生産している企業が世界で10社以上あります。

ホヤが作る動物由来のナノセルロース

ホヤ(海鞘)という海産動物をご存じでしょうか。

英語ではTunicate(チュニケート)といいます。ホヤは尾索動物というグループに属しており、体長は10~20cm、直径は10cmです。体に入水孔と出水孔という2つの口があり、水中のプランクトンをろ過して餌にしています。また体は被のうと呼ばれる外皮で覆われています。

被のうはセルロースからなる固い膜で、水中で移動できないホヤを外敵から守っています。

日本ではマボヤが東北地方を中心に生産されており、外皮を剥いて中身を刺し身、酢の物、和え物、から揚げなどにして食べます。ホヤは韓国に輸出されていましたが、原発事故の影響で韓国が輸入を停止し、ホヤの消費が減少しました。

またホヤの被のうはもともと食べられないので、これを原料としてセルロースナノファイバーを製造する動きが、一時期、東北地方で見られました。

ホヤ

ホヤの被のうに含まれるセルロースは純度が高いため、純度・結晶化度が高いナノセルロースを作ることができます。

海外の研究論文を読むと、Tunicateから作ったセルロースナノファイバー、セルロースナノクリスタルを実験に使っているケースが少なからずあります。

ホヤからセルロースナノファイバーを作るには、まず原料となる被のうを10%水酸化カリウム溶液に24時間浸して、セルロース以外の成分を溶解させます。これを水洗いしたのち、次亜塩素酸ナトリウムで漂白します。この作業を何回か繰り返すことで得られた純粋なセルロースを原料に、さまざまな方法で、ホヤからナノセルロースを得ることができます。

ホヤから作られたセルロースナノファイバーは結晶化度が95%以上であるといわれています。

一方ホヤは、1個当たり300g程度で、卸売価格は1個あたり100~200円だそうです。ホヤのセルロースを微結晶化したものが試薬として国内で販売されていますが、0.2W/V%の懸濁液50mlで6万円です。

これはナノセルロースではありませんが、乾燥重量1kgあたり6億円という、とんでもない価格になります。なお以前、ホヤから製造されたセルロースナノファイバーがスピーカーの振動板に使用されたことがあったそうです。

ホヤの殻と可食部殻と可食部
「旬の食材百科」から引用 https://foodslink.jp/syokuzaihyakka/

カルボキシメチル化セルロースナノファイバー(CM化CNF)とは

カルボキシメチルセルロース(CMC)はセルロースに含まれる水酸基(-OH)の一部をエーテルに置換し、カルボキシメチル基(-O-CH2-COOH)を結合させたものです

極性のカルボキシ基(-COOH)のため化学的に反応しやすく、CMCは水に溶けます。水酸基がカルボキシメチル基に置換している程度と、セルロースの骨格構造の長さによって、CMCの性質が決まります。

通常のCMCはセルロース繊維から作られるため、繊維の径は20μm以上で、ナノセルロースではありません。

 

ところでCMCはナトリウム塩またはカルシウム塩として販売されており、いずれも白色から黄色かがった白色の粉末です。毒性やアレルギー性はないといわれており、食品添加物として国内外で用いられています。

日本ではカルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC-Na)とカルボキシメチルセルロースカルシウム(CMC-Ca)が食品衛生法第10条に基づき、厚生労働大臣が使用してよいと定めた指定食品添加物となっており、食品に粘性や接着性を与えるための糊料(増粘安定剤)として使われています。

1日あたりの摂取量の制限はありませんが、使用にあたっては食品の重量に対して2%以内と決められています(ただし、CMC-Na、 CMC-Ca、 デンプングリコール酸ナトリウム、デンプンリン酸エステルナトリウム及びメチルセルロースの1種以上と併用する場合は、その使用量の和が2%以下)。

アイスクリームやヨーグルトなどには増粘剤として、加工食品には接着して形が崩れないようにする安定剤(結着剤)として、飲料では乳化安定剤として広く使われています。このほか医薬品分野では、錠剤の結着性付与、パップ剤(湿布薬)の増粘性付与、点眼剤(人工涙液)の潤滑性付与などにも使われています。

また化粧品にも、皮膜形成剤、親水性増粘剤、乳化安定剤として用いられています。このほかのCMCの特性と用途については、CMC工業会のホームページに詳しい説明がありますので、ご参照ください。

今まで説明したCMCは、セルロース繊維から作られるCMCですが、日本製紙がセレンピアTMという商品名で販売しているCMCは、繊維の径が数nm~数百nmであり、従来のCMCとは形状が異なります。

日本製紙が説明している内容によると、従来のCMCとは明らかに異なるレオロジー挙動を示しています。これは正確にはカルボキシメチル化セルロースナノファイバー(CM化CNF)と呼ぶべきもので、同社の資料でもそのように表記していますが、一方でCMCであるとの紛らわしい表現もあります。

従来のCMCとCM化CNFは異なる物質であることに注意が必要です。

セルロースフィラメント(CF)とは

セルロースフィラメントは木材パルプに水を加えて機械解繊のみで作られるセルロース繊維で、繊維径は80~300nm、繊維の長さは100~2000μm、アスペクト比は1,000です
セルロースフィラメント

カナダの森林木材分野の公的研究機関であるFPInnovationsが開発した技術を、カナダの製紙会社KrugerがFiloCellの登録商標名を付けて2014年に商業化し、現在関連会社のKruger Biomaterials Inc.が製造・販売しています。

生産設備はケベック州のトロワリヴィエールにあり、設備規模は日産6tといわれています。製造にあたって、化学薬品、酵素などは使用していません。

このほか、同社のホームページに掲載されている特性値は、比表面積80m2/g以上、密度1.45g/cm3、生分解性・コンポスト性あり、水溶液中でチキソ性を示す、湿潤状態、乾燥した羽毛状、水溶液の状態で供給可能、リグニンを含まないとのことです。

なお2016年に筆者がKrugerの社員から聞いたときは、平均径は50nm、アスペクト比は300~3,000と説明していたので、5年余りの間に性状を変更した可能性があります。

セルロースフィラメントの強みは2つあります。1つはナノ物質ではないこと。

縦・横・高さのいずれかが1~100nmである物質が、全体の50%以上あるとき、ナノ物質といわれます。逆に径が100nmを超えている繊維が半分以上を占めていれば、ナノ物質ではありません。

ナノ物質に対するアレルギーがある欧州では、この特徴は強みになるでしょう。

2つめは、乾燥することができることです。

同社では湿潤状態、水溶液の状態以外に、羽毛状のパウダーで製品を出荷しています。具体的には製品を1~2m3の容量のフレコンパックに入れ、出荷しています。

繊維の半分以上の径が100nmを超えていたとしても、セルロースナノファイバーと近い性質を示します。

用途としては熱硬化性・熱可塑性樹脂への添加、コーティング材へのチキソ性・増粘性の付与、包装材料、接着剤への適用、オイル・ガス掘削への適用などが考えられているようですが、特殊紙の紙力増強、セルロースフィラメントのフィルムを文化財の修復に利用、コンクリート、プラスチックへの添加については、具体的なデータが得られているようです。

キチンナノファイバーとは

キチンはエビ、カニ、昆虫などの骨格を構成している成分で、セルロースに似た構造をしています。

セルロースはグルコースがβ-1,4結合で横一列につながったセルロース分子鎖が束になったものですが、キチンはN-アセチル-D-グルコサミンがβ-1,4結合でつながった高分子多糖が凝集したものです。

キチンは分子間・分子内に強固な水素結合があるため固く凝集しており、一般の溶剤には溶けず、その利用は進んでいませんでした。

鳥取大学の伊福伸介教授は、固体のキチンをpH3の酢酸と混ぜてグラインダーや高圧ホモジナイザーを使って物理的に解繊することで、キチンナノファイバーの水分散体を製造する技術を確立しました。

これはキチンを正に帯電させてから解繊することで、静電反発によって繊維がほぐれやすくなることを利用したものです。得られたキチンナノファイバーの径は約10nmなので、その水分散体やフィルムは可視光を散乱せず、透明に見えます。

伊福教授が設立した株式会社マリンナノファイバーはキチンナノファイバーを販売しており、それを使った化粧品も多数発売されています。具体的には、ジェル、クリーム、ハンドクリーム(株式会社マリンナノファイバー)、プレミアムアイマスク(株式会社ジャパンビューティープロダクツ)、二重まぶた化粧品(株式会社Dear Laura)、頭皮用育毛剤(株式会社コラボプロ)、ジェル状美容液(シャレコ株式会社)などがあり、今後、さらに増える見通しです。

また中国のファイブヘルツ株式会社が製造・販売している傷口の消毒液にも、キチンナノファイバーが使用されています。