製造工場

ナノセルロースの原料と作り方

ナノセルロースの原料

ナノセルロースの原料となるのは、

  1. セルロース繊維を含む高等植物
  2. セルロースを含む動物、
  3. ルロースを合成する微生物が栄養源とすることができる糖類

の3つです。

このうち動物から作られるセルロースナノファイバーと、微生物により作られるナノセルロース(バクテリアナノセルロース)については、別の記事で説明することとし、ここでは高等植物について説明します。

セルロース繊維はすべての高等植物に含まれており、セルロース繊維を含むものなら、何でもナノセルロースの原料になります

一般的に使われているのは木材で、セルロースの繊維が長い針葉樹の方が、広葉樹より優れたセルロースナノファイバーが製造できるといわれています。

木材からヘミセルロースとリグニンを除いてセルロース繊維だけを取り出したものをパルプといいますが、パルプは紙の原料として広く流通しており、比較的容易に入手できるため、パルプを原料にしている場合が最も多いと思われます。

よく用いられるのが、針葉樹晒クラフトパルプ(NBKP)と広葉樹晒クラフトパルプ(LBKP)です。すでに述べたように、針葉樹の方がセルロースの繊維が長いので、LBKPよりNBKPの方がセルロースナノファイバーの製造には適しています。

国内では木材以外では、竹パルプを原料にしたセルロースナノファイバーを中越パルプ工業が、柑橘果皮を原料にしたセルロースナノファイバーを愛媛製紙がそれぞれ製造しています。

一方研究レベルでは、バガス(サトウキビ残渣)、パームヤシから油を抽出した残渣、バナナの皮、パイナップルの残渣、サトウダイコンの残渣、檳榔子の皮、麻、綿、スピニフェックス(オーストラリアの乾燥地帯に生育するイネ科の多年草)などさまざまな原料からナノセルロースが作られており、中には木材パルプから製造したものと異なる特性を持つものもあります。

このように植物原料であれば、原則として、何からでも、ナノセルロースを作ることが可能です。「○○からセルロースナノファイバーを製造」というプレスリリースをたまに見かけますが、何の意味があるのか、よくわかりません。コストと効率を度外視すれば、植物原料なら何でも、ナノセルロースの原料になります。

ところで、現時点でナノセルロースの原料で最も安価なのは、パルプです。パルプは木質チップからリグニンを除去して得られた、セルロースです。

パルプから作るとすると、性状が均一で安価なパルプを継続的に調達できることが、工業化の前提件となります。したがって、すでにパルプを製造・消費している製紙会社は、ナノセルロース製造の工業化において、一歩リードしていると言えるでしょう。

セルロースナノファイバーの製造方法

リファイナー

高等植物は主としてセルロース、ヘミセルロース、リグニンの3つの成分から構成されていますが、このうちセルロースは繊維として存在しています。

セルロース繊維の径(太さ)は20~50μm(マイクロメートル、1μm = 1/1,000 mm)なので、ここからセルロースナノファイバーを得るためには、太い束として存在するセルロース繊維を細かくほぐして、繊維をバラバラにする必要があります。

一方で長いセルロース繊維が短く切れてしまうことは避けなければなりません。なぜなら、セルロースナノファイバーがその特性を発揮するためには、長い繊維である必要があるからです。

セルロース繊維を細かくほぐして繊維をバラバラにすることを「解繊」といいます。解繊方法は大きく分けると、物理的方法、化学的方法、生物的方法に分かれます。それぞれ詳しく見ていきましょう。

①物理的方法

物理的な力を加えることでセルロース繊維を解繊する方法で、いわばセルロースナノファイバー製造方法の王道です。さまざまな機械が使われるため「機械解繊」とも呼ばれます。

使われる機械を紹介しますと、 石臼式グラインダー、高圧ホモジナイザー、二軸式エクストルーダー、リファイナー、ビーズミル、ボールミル、ウォータージェット破砕機などがあります。

機械の種類や処理条件によって、作られるセルロースナノファイバーの性状は異なります。

②化学的方法

セルロース繊維を酸で分解する方法と、セルロース繊維の表面を化学修飾することで、繊維どうしを離れやすくする方法があります。酸で分解すると、繊維が短くなってしまうため、セルロースナノファイバーを作るためには、機械解繊を主として行い、酸による処理を補助的に使います。

セルロース繊維の表面の化学処理も、機械解繊と組合せて使われます。次の項で紹介するTEMPO触媒酸化は、セルロース繊維の表面に露出したC6位の一級水産基(-OH)がカルボキシ基(-COOH)に変換され、高密度で親水性のカルボキシ基のNa塩が生成することで、セルロース繊維どうしが水中で分散しやすくなり、物理的な力を少し加えるだけで、セルロースの単繊維が得られます。

③生物的方法

生物的方法はセルラーゼという酵素を使ってセルロース繊維の一部を分解する方法です。

セルラーゼは作用メカニズムの異なる複数の酵素の混合物で、セルロース繊維を構成するさまざまな結合を分解します。生物的方法はあくまで機械解繊の効率を上げるために使われる方法です。

機械解繊の前に使われる場合、機械解繊と同時に使われる場合、機械解繊の後に使われる場合など、いろいろな使い方がされていますが、酵素の値段が高いことと、反応速度が遅いことが欠点といわれています。生物的方法を行っているのは、私の知る限り、日本の森林総合研究所のみです。

セルロースをTEMPO触媒酸化する

構造式

セルロース繊維を解繊する際、TEMPO触媒という化学薬品で酸化処理することで、解繊の度合いを高めることができます。

TEMPO触媒とは、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン 1-オキシル(2,2,6,6-tetramethylpiperidine 1-oxyl)のことで、酸化反応の触媒として使われます。

セルロース繊維にTEMPO触媒と臭化リチウム(NaBr)と次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)を加え、常温・常圧下でpH10を維持するように希NaOH水溶液を加えながら撹拌しますと、セルロース繊維の表面に露出したC6位の一級水酸基(-OH)がカルボキシ基(-COOH)に変換されます。

セルロース繊維の表面に高密度で親水性のカルボキシ基のNa塩が生成することで、セルロース繊維どうしが水中で分散しやすくなり、ホモジナイザーなどで物理的な力を加えると、セルロースナノファイバーの単繊維が得られます。

この方法が発明されるまでは、基本的に機械解繊でセルロースナノファイバーを作っていましたが、機械解繊だけではセルロースナノファイバーの単繊維(これを「セルロースミクロフィブリル」といいます)を取り出すことはできませんでした。東京大学の磯貝明教授らが発明したこの方法は、セルロースナノファイバー研究に画期的な進歩をもたらしました。この功績により磯貝教授らは、森林・木材科学分野のノーベル賞といわれるマルクス・ヴァーレンベリ賞を2015年に受賞されました。

セルロースを酸による加水分解する

CNC電顕写真

セルロースナノクリスタル(CNC)は、セルロース繊維を酸で加水分解することによってつくります。

セルロースには、結晶化している部分(結晶領域)と、結晶化していない部分(非晶領域またはアモルファス領域)がありますが、主に非晶領域が酸による加水分解を受けて、セルロース繊維が切断されます。

セルロース全体に対して、結晶領域の比率を結晶化度と言いますが、製造方法の違いにより、セルロースナノクリスタルはセルロースナノファイバーに比べて、結晶化度が高くなります。